歴史

河端照孝

矢作訓一

柳心照智流の形の多くは天眞正自源流の技に基づいています。天眞正自源流とは居合術と剣術を中心とした古武道の流派で、室町時代の永正5(西暦1508)、十瀬(小瀬)与左衛門尉長宗(後の瀬戸口備前守政基)により創始されました。

流派内の伝承によると天眞正自源流は存在を秘匿されていたとされ、実際にその存在が確認されるのは明治期以降、実に400年近く後のことです。

創設から秘密裏にしかし脈々と受け継がれてきた天眞正自源流は明治維新を経た後、27代目上野源心宗家に継承されその門戸を広く一般に開放しました。

1964年、東京浅草に総合武道尚武館が開かれました。上野源心宗家は1968年まで尚武館にて河端師を含む門下生に天眞正自源流の指導を行っていました。上野源心宗家の死後、剣術の修行を続けた河端氏は東京赤羽に正誠館を設立、2006年に柳心自源流を開流します。そして2008年、河端氏の一番弟子であった矢作訓一氏が二代目宗家に就任しました。

平成23年(2011年)、修行を通じて精神を養い、身体を整えるという流派の理念を明確にするため、流派名を柳心自源流から柳心照智流と改めました。柳心照智流という名は不動心の考えに基づいて創始者の河端照孝師が名付けられました。強風に煽られても柔軟にしなる枝で受け流し折れることのない、柔らかくしなやかな強さを持つ柳の木のような心を表す「柳心」と智を照らす「照智」を合わせることで、強く柔軟な精神と身体をもって不動の智慧を日常の中で培う、という柳心照智流の理念を表しています。

現在、柳心照智流はアメリカ、ヨーロッパ、日本を含むアジアでも世界各地に提携道場を持ち、世界中の生徒が日々稽古を行っています。現宗家の矢作訓一師は海外道場の生徒にも直接指導を行い、交流を深めるため毎年海外各地に足を運んでセミナーを開催しています。また、柳心照智流は毎年香取神社で行われる古武道奉納演武大会にも参加しています。